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気が付くと、春が僕を追い越していた。

コートを脱ぎ、セーターを脱ぐと、春風がシャツの間の通り抜けていった。

駐車場まで歩きながら、すれ違う人々の表情に目をやった。

またひとつ季節がめぐったのだ。

僕はコーヒーを買って車に乗り込み、煙草に火をつけて、しばらく考え事をした。

そう、またひとつ季節がめぐったのだ。

彼女を失った日がまた少し遠くなったのだ。

 

彼女は極度の花粉症だった。

だから毎年桜の季節になると、彼女は一日中不機嫌だった。

彼女は、まさか、というくらいティッシュを使った。

仕事から帰ると必ずゴミ箱がティッシュの山であふれかえっていた。

僕は辛そうな彼女を元気づけようと思って冗談を言った。

「新しい同居人を探さないか、名前はヤギ、主食は紙さ」

彼女は笑ったような気もするし、呆れていたような気もする。

ずいぶん昔の話だ。本当にヤギでも飼っていれば、そいつが真実を教えてくれたかもしれない。とても残念だ。

運転席から眺める空っぽの助手席にもずいぶん慣れた。

僕は煙草の火を消し、ぬるくなったコーヒーを飲み干し、エンジンをかけた。

 

昼下がりの街をしばらくドライヴしていると、桜並木を通りかかった。

満開の桜木が今まさに風に散りゆく最中だった。

それはちょうど桜色のカーテンに包まれるようで、素晴らしい景色だった。

桜の花びらは春の日差しを浴びて、流星のようにきらきらと回転しながらそれぞれに宙を舞った。

どこかで誰かのくしゃみの音が聞こえた気がした。

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